bikers

美くしき友は来た
コーカサスの氷の嶺に匍いよる紫の靄のように
バスクの原っぱの濁れた頬に
巴丹杏色の太陽の接吻するように
生楽のパンタポーネを鳩色の胸に燃やしながら
囚われの鎖を腰に巻き
憂愁に蔽われた装われたる若さもなく
友は来た、常に情熱のほゝ笑みを投げながら
燃える眼眸の友は来た!

 その時分、私は「日本植物志図篇」と題する書物を続刊していたが、にわかに矢田部氏が私とほぼ同様な書物を出すことを計画し、私は完然植物学教室の出入りを禁じられてしまつた。
 その時は、まだ私が大学の職員にならん前であつたが、どうも仕方がないので止むを得ず、私は、農科大学の植物学教室に行つて、このムジナモの写生図を完成した。後に、それを「植物学雑誌」で世界に向つて発表した。そして、このムジナモはわが国の植物界でも極めて珍らしい食虫植物として、いろいろの書物に掲げられて、日本でも名高い植物の一つとなつた。

 次は明治八、九年頃のことではなかったかと思っているが、私の佐川町で見た火の玉である。それは、まだ宵のうちであったが、町で遊んでいると町の人家と人家との間からこの火の玉が見えた。これは、光りのごく弱い大きなまるい玉で、淡い月を見るような火の玉であった。この火の玉は上からやや斜めにゆるやかに下りてきて地面に近くなったところで、ついに人家に遮られて見えなくなった。そこの町名は新町で、その外側は東に向かい、それから稲田がつづいていた。
 なお、四国には、陰火がよく現われるところとして知られている土地がある。それは、徳島県海部郡なる日和佐町の附近で、ここには一つの川があって、その川の辺には時々陰火が現われるという。陰火の研究にでかけてみると面白いところだと思われる。